丈夫なからだ

大杉谷、七釜の滝

ジムに通い始めました。ゴールデンウイークに奈良県から三重県にかけての大杉谷という山道を下った際に、これまでだったら何ともなかったような足場で膝や足首が不安定になることを自覚し、何もしないでいると筋力が低下する年齢となったことがわかったのでした。

力強い体ということでの最も古い記憶は、小学校5-6年生の頃のものです。担任だった先生は、戦前に軍国少年として育ち、「国を守るため」に身体を鍛錬し、望んで特攻隊員となったのが、出撃1週間前に終戦を迎え、戦後は熱心な共産主義者となった、という経歴の方で、定年間近の年齢でも背筋がぴんとしていて、きびきびと動かれていました。「菅原くん、何をいじいじしてるんだい、しっかりしろよ!」と笑いながら肩を抱かれたときの手や腕の筋肉の硬さや重さが、今でも感触として残っています。

その先生を思い出させたのが、大学3年生の人体解剖実習で受け持たせていただいたご遺体でした。担任だった先生と同じく壮年期の男性で、毎日、文字通り隅から隅まで、そのお体に向き合いました。腕や太ももの筋肉が隆々と盛り上がっていらっしゃり、すべての臓器が大きく、惚れ惚れするほどで、それでももう、その体は決してお動きにはならないのでした。戦争に行かれたのか、どんなお仕事をなさっていたのか、わかりません。生涯において、その体をとても使われたのだろうことだけは確かだと感じました。

私の父は、介護が必要となった最後の1年はかなり痩せ、体を洗っていても、登山を趣味として「日本300名山」を登り切った以前の見る影もないほどに、脚などかなり細くなっていました。それでもなお、最後の日の朝まで歩行器を使いながらゆっくりトイレまで自分で歩いたのは、「山頂まであと少し」というところの一踏ん張りをそれまでの人生で繰り返してきたからで、その細くなった筋肉に残された力をすべて使い切って、最後のそれをしたのだと思います。

健康な心は健康な体に宿る、とは思いません。他の格言と同様、そういうこともある(健康な心が健康な体に宿ることもある)、という程度でしょう。それでも、やはり、丈夫なからだではありたいもので、そのためには、それぞれのやり方で、「動かせるときに体を動かしておく」ことが大切なのだと思います。

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