インフルエンザ脳症と予防接種

那智勝浦港

予防接種をすることでインフルエンザ脳症の発症を予防できるのか? 確かなことはわかっていないのだと思います。人種差は大きいと考えられるので、確かなことがわかるためには日本において大規模な調査や研究が行われる必要がありますが、そのような計画があるという話は聞かないので、今後もわかることはないのかもしれません。

「あらかじめ予防接種を打った子どもで、その後にほんもののインフルエンザウイルスに感染したときに、(インフルエンザ)脳症を発症した子どもはいない」とかつて言われました。私は今でもこの意見の大筋は正しいと考えていますが、このような「言い切る」伝え方には注意しなければいけないとも感じています。新型コロナウイルスに感染して急性脳症を発症し重篤な転帰を辿った子どもが複数いたことが報告されたとき、その子どもたちすべてが同ウイルスへの予防接種をしていなかったことを根拠に、「急性脳症を発症した子どもはすべて予防接種未接種だった!予防接種をして急性脳症予防を!」ということが言われました。しかし、その時期に予防接種をしていた子どもの割合はそもそも極めて少なかったので、予防接種に予防効果があってもなくても、急性脳症になった子どものほとんどは「予防接種をしていない」ということになったのです(つまり、その時点での急性脳症発症者がすべて未接種だったからといって、予防接種をすることで急性脳症を予防できる!とは全く言えない、ということです)。「言い切る」言葉には力強さだけでなく危うさもあり、そのような危うさに気付かないことや気付いていても軽視することが、この数年で予防接種そのものへの信頼を大きく損なう原因の一つになったのだと思います。

それでも私は、自分個人の経験から「予防接種をすることでインフルエンザ脳症の発症を予防できる」と確信し、乳幼児やリスクのある小学生(熱性けいれん既往など)の保護者には「接種のメリットはある」という話をしています。インフルエンザ脳症は高熱とけいれん・意識障害で発症しますが、そのような高熱とけいれん・意識障害を呈する子どもが救急で受診する急性期病院に私はこれまで合計10年間勤務し、インフルエンザ脳症を合計で少なくとも20-30人は診療し、数日以内に重篤な転帰を辿った重症の子どもが少なく見積もって5-6人はいたと思います。ひと冬に2-3人はインフルエンザ脳症の子どもがいて、1-2年に1人は重篤な転帰を辿った子どもを見送った、ということになります(1つの急性期病院の担当する地域の子どもが数万人とするとすれば、子ども1万人あたり1人発症していることになり、これは、数百万の子どもがいる我が国で毎年数百人のインフルエンザ脳症の発症があることと、おおよそ一致します)。そして、これら20-30人の子どもたちのなかで、インフルエンザの予防接種をしていた子どもは、0人でした。その時代の子どもたちの何割くらいが予防接種をしていたのか正確にはわかりませんが、発熱を主訴に外来を受診する子どもに接種歴を尋ねると少なくとも1/3から1/4くらいの子どもは接種していたはずです。1つの急性期病院が担当する子ども数万人のうち1/3から1/4が予防接種済で、残りの2/3から3/4が未接種のとき、前者の群はインフルエンザ脳症が毎年0人であるのに対して後者の群からは毎年2-3人発生した、それが10年にわたってそうだった、ということになります。私は統計が苦手で、この差が「偶然としても説明できるのかどうか」をきちんと統計学的に示すことはできませんが、「偶然としては説明できない」という感覚は持ちます。

では、効果があると仮定したとき、もっと具体的な数字で別の観点から考察することも必要になります。私が勤務していた急性期病院が担当する地域の子どもが仮に30000人だったとして、さらに、10000人が予防接種をして20000人がしなかったとすると、前者からインフルエンザ脳症が0人、後者から2人だったということになります。予防接種をしないと10000人あたり1人はインフルエンザ脳症になりますから、接種をした10000人の中の1人は未接種ならインフルエンザ脳症を発症していたはずで、その1人は予防接種をしたことでインフルエンザ脳症の発症を免れたということになります。つまり、10000人に接種をして1人はその恩恵に預かったということになります。一方で、残りの9999人は「接種をしなくてもインフルエンザ脳症にはならなかった(それなのに痛い思いをして、少なくない出費をした)」ということになります。ただし、1人に入るのか9999人に入るのか前もってはわからず、文字通り万が一で1人のほうに入ってしまったら、重篤な転帰を辿ることが相当にあるということになります。

これをどう考えるかは保護者の価値感によります。今回出した数字はかなり大雑把ですが、大きくは外れていないはずで、スケール感をイメージしやすくなるのではないかと考えます。そのうえで、保護者の選択を尊重したいと思います。なお、今回は、インフルエンザ予防接種には重大な弊害がないものとして考察しました。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA