フランチェスカ(Francesca)

聖ルカ通り(Via S. Luca), ジェノヴァ

イタリア人の名前はキリスト教の聖人や歴史上の偉人から取ったものがほとんどでレパートリーは比較的少ないのですが、知り合った友人の中で最も多かった名前は間違いなくFrancescaです。思い出すだけでも5-6人はいるでしょうか。姓名で呼んで区別することもありましたが、たいていは「~のFrancesca」と出身地、居住地、職業などを付けて呼んでいました。

親しかったのは「エクアドルのFrancesca」あるいは「社会学者のFrancesca」と呼ばれていた女性です。彼女自身は生粋のジェノヴァっ子ですが、ジェノヴァにはエクアドルからの移民が多く、社会学者として彼ら移民のコミュニティーを研究していたためこのように呼ばれていました。物騒な界隈にも出かけていってインタヴューをしたり、とても活動的な女性でした。

現代のイタリアでは少数派になった「日曜日にきちんと教会に行く」熱心なカトリック信者でしたが、ホメオパシーという民間療法を信奉していたり、不思議な食事療法(山羊のチーズしか蛋白質を取らないなど)をしていた時期があったりもしました。スペイン語が堪能なので、スペインやポルトガルへ一緒に旅行したときにはとても頼りになりました。

そんな彼女に、一度だけ強くたしなめられたことがあります。イタリアの医療現場を経験して日本と多くの点で異なっていることに驚き、その違いを「社会学的に」考察して(あわよくば)本を書いてみたいと私が話したときのことです。「Yujiは医学の専門家で、そのことについて教育を受けてきているけれど、社会や文化についてきちんと論じるための方法を教わっていないから、それらについては独りよがりで思い込みの強い考察になりやすい」と言ってくれました。「いいね、面白そう!」とでも言っておけば良さそうなものを、本当の友人として真剣に考えてくれたからこその忠告だったと思います。

家が比較的近くだったのでグループで夕食をして夜遅くに帰るときには君の家の下まで送っていくのが僕の役目だったね。道すがら何てたくさんのことを話しただろうか。僕たちは若かった!

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