まだこのことに

アッシジ(Assisi)の街に向かってのデモ行進(様々なマイノリティの権利のための)

私が子どもの頃はもちろん、25年くらい前までは、インフルエンザは迅速検査も治療薬も無く、それが(本物の)インフルエンザであるかどうか気にすることもなく、ただ家で寝ていました(それで治っていました)。コロナ後にどうなったかはわかりませんが、イタリアではつい最近まで「インフルエンザになった」とは「熱で寝込んだ」と同じことでしかありませんでした。「昨日インフルエンザで仕事休んだよ」というとてもとても元気そうな友達に会ったことがあり「それ絶対に(本物の)インフルエンザじゃないだろ….」と内心思っていました。

発熱すると鼻に綿棒を入れられてしまう現代の子どもは本当に気の毒だと思います。ある基本的なレベルを超えた医療というものは、一部の人には有益であるにしても、必ずしもすべての人をトータルでみて幸福にするとは限らないと思うようになりました。重要なことは医療を受ける人の自発性と意思が尊重されることで、それは小児医療においては子ども本人の自発性と意思なのだと思います。

小学生以上の子どもには、鼻に綿棒を入れるインフルエンザの検査を受けるかどうか、基本的に本人に選択してもらっています。まだこのことにこだわっています。結局検査を受けることになるのであれば、子どもにとっては勢いで検査をされてしまったほうが楽なのかもしれません。しかし子どもの自発性と意思の尊重ということは、子育て、教育、小児医療においていま最も見直されるべき、話し合われるべきことで、かといって高尚な議論としてではなく、日々の実践(私に関して言えば診察室における言葉や行動)から変えていくことだと思うからです。検査を受けるかどうか選択の自由を与えられたという経験はそれ自体で大したことではないかもしれませんが、それが少しのきっかけとなって、子どもが「自分の自発性や意思はあらゆる場面で尊重されるべきものなのだ」と気付いていってくれればと願っているのです。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です