咳止めの薬
学生時代に「咳というのはウイルスなど有害なものを気道から取り去るためにするのだから(特に子どもでは)薬で無理に止めてはいけない」と習いましたが、小児科医になってみると「咳止めの薬」というのが普通に処方されていることを知りました。あるとき先輩医師に大丈夫なのかと尋ねてみると「咳止めの薬というのはほとんど効果が無いから大丈夫なんだよ」とのことでした。
咳の強さが1から10まである(10が一番強い咳)として、咳の強さを2から1に下げる(半分にする=50%削減する)ことができるとうたう咳止めの薬があるとしてみましょう。10の強さの咳に対してこの薬を使ったら半分の5になるでしょうか? あくまで小児科医として処方をしたり自分がその薬を内服したりしての実感になりますが、そうはならないのです。咳止めの薬というのは2が1になったように咳の強さを半分にする薬ではなく、咳の強さを1だけ減らす、つまり10の強さの咳を9の強さにする薬(=ひどい咳に対しては「ほとんど効果が無い」薬)なのだと思います。また、2の強さの咳を一時的に1の強さに下げることはできたとしても、咳がなくなるまでの期間を短縮したりはしないということも重要です。10の強さの咳をしているお子さんには丁寧に問診と診察(必要なら検査も)を行なって、咳喘息、副鼻腔炎、胃食道逆流症、百日咳などの原因が隠れていないか検討して、その原因を取り去る治療を行なうことによってはじめて咳の強さは減少しますし、咳がなくなるまでの期間も短縮します。
咳止めの薬が様々な原因で全国的に不足していることに対して、厚労省が安定的な供給に向けて対策を検討しているというニュースを読み、愕然としました。どう見ても安定的な供給が必要なのは、同じように不足が深刻になっている抗生物質はじめ、生命にとって必要不可欠な薬だと思います。もともとひどくはないにしても咳の強さが半分になることがあるのであれば良いことなのかもしれませんし、治癒の過程で「気(を)休め(る)」ことも重要だったりはするので、咳止めの薬の存在自体を否定はしませんが、保険診療の対象からは外していくべきだと私は考えます。薬に限らず「念のため」「少しでも」という目的で行われる肥大化した医療を保険で維持するために私たちは多くのこと(社会保険料の天引きが莫大でなければ可能となったかもしれない余裕ある子育てなど)を諦めざるをえなくなっていることに気付き、議論しなければいけないと思います。