市販薬

聖ヴィート岬(San Vito lo Capo), シチリア州

「第二の性」という3巻合計1,500ページくらいある本を、約半年かけて読み終えました。第二次世界大戦後にフランスのシモーヌ・ド・ボーヴォワールによって書かれたフェミニズムの古典と言われる本で、今年に入って河出書房新社から新訳が出ていました。多くのことに気付かされましたが、「適切な機会を与えたり環境を整えたりしないでおいて、自信を奪っておいて、能力がないと決めつけるのはおかしい」という考え方は、この本の扱う「女性」だけでなく、「子ども」「発達障害のある人」、そして「病気になった子どもの保護者」にも当てはまる大切なことのように思いました。

先日スーパーの薬売り場に立ち寄ったとき、以前と比べて市販薬の種類が増えていることに驚きました。私が小児科医として働き始めた約25年前は子どもに対して安全に使用できる解熱剤であるアセトアミノフェンの粉薬は手に入らず、いわゆる「風邪薬」には子どもが熱性けいれんを起こしたときにけいれんの持続を長引かせてしまう抗ヒスタミン剤、その中でも特に脳神経系への影響が大きいクロルフェニラミンを含むものが多くありましたから、「市販薬は飲まないほうがいいですよ」という指導をしていました。しかし今は解熱剤や風邪薬もきちんと内容を確認すれば子どもにも安全に使用できるものがありますし、保湿剤やステロイド外用薬なども手に入ります。内服の抗生物質、喘息や便秘の治療薬など医療機関でしか処方できないものもありますが、通常の風邪の治療やスキンケアについては保護者に知識と経験があれば市販薬でも十分対応できるように思います。日本の保険医療制度が今のままの形で持続不可能なことは明白ですから、これらの薬が健康保険の適応を外れる日も遠くはないのではないかと考えます。

子どもが風邪を引いたと思われるとき、状況を判断し対応できるのは小児科医だけではないはずで保護者にもそれはできるはずなのですが、「いつでも何でも相談できる小児科」を掲げて受診してもらっていることで、保護者自身が子どもの状態を判断できるようになるために必要な機会を奪うことになっていないか、機会が奪われることで「できない」「自信がない」と思わざるをえない状態にさせてしまっていないか、よく考えていきたいです。必要な知識や情報を前もって提供したり子どもの具合がいよいよ悪くなったときには相談や受診ができる体制を整えたりすることで、市販薬なども活用しながら保護者が安心して病気の子どもの状態を見守れる環境を整える、それがくり返されることで保護者が自信を持って子どもの状態を見守ることができるようになる、こういったことも小児科医の役割として重要だと思います。

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