風邪には抗生剤は無効ですが、風邪のような症状でも抗生剤が有効な病気のことはあります
Yahooニュースで気になる記事がありました。新聞に連載を持つ有名な開業小児科医が(ざっくり言えば)「風邪に対して抗生剤を処方するような開業医をかかりつけ医にするな」と書いているのです。小児科医になった20年以上前に先輩医師から私もこのように指導されましたが、その後、「風邪の診療」に真剣に取り組んできて、決してこのように単純ではないと考えるようになりました。風邪には抗生剤は無効ですが、風邪のような症状でも抗生剤が有効な病気に対しては私は抗生剤を処方します。根拠と共に診断を伝えたうえでそうするのですが、どんなに丁寧にそれをしても、「風邪で受診したら抗生剤を処方された」というように理解する人はいるはずで、この記事を読んでどう思うでしょうか?特に気になったところに反論したいと思います。
「風邪の原因は100%近くがウイルス感染で、抗生剤は効果がない」:医師は風邪をそう定義していますから当然そうでしょうが、小児科外来を受診する子どもの「風邪のような症状」の原因は、もちろんウイルス感染症が圧倒的に多いものの、急性中耳炎、急性副鼻腔炎、溶連菌性咽頭炎などの細菌感染症や非感染性(アレルギーや寒暖差など)のことも少なくなく、100%近くがウイルス感染というのは明らかに誤りだと思います。
「開業するまで大学病院でぼくが診ていた患者は小児がんが中心だった。(抗生剤治療は生死を分ける覚悟で行うべきものだ)」:特別な病気やその治療により免疫力が極端に下がった子どもへの抗生剤治療と通常の免疫力がある子どもへの抗生剤治療はそもそも異なるもので、前者は全身感染症の治療で後者は局所感染症の治療であるという点でも違いがあります。後者が容易い訳でもなく、通常の免疫力の子どもが急性中耳炎になって、確かにすぐに死に到ることはないかもしれませんが、適切に診断して抗生剤により治療すれば子どもは苦痛から早くに開放され、合併症も少なくなります。
「肺のX線を撮像しても明らかな肺炎の像はなく、血液検査をしても炎症反応がそれほど強くないと、細菌性肺炎とは断定できない。(こういったときに抗生剤を処方するかどうか迷う)」:細菌性肺炎を疑う一番の兆候は呼吸の速さです。そもそも肺炎球菌とヒブへのワクチンにより細菌性肺炎は激減しており、小児科外来で抗生剤を必要とする細菌感染症のトップ3である急性中耳炎、急性副鼻腔炎、溶連菌性咽頭炎は血液検査で炎症反応が高いこともありますがむしろ高くないことが大半なので血液検査は役に立たず、鼓膜や咽頭の診察を丁寧に行なうことや症状の経過を丁寧に聴きとることでしか診断できません。私は風邪症状のある子どもを月に700-800人くらいは診察すると思いますが、呼吸の速さや酸素飽和度の低さがあるときには肺のX線や血液検査は高次医療機関で行なうべきものと考え紹介状を書きます(1-2か月に1回くらいです)。「風邪症状が長引くから」という理由で血液検査をすることはほとんどなく、咳や鼻水などの風邪らしい症状を伴わない発熱の原因が細菌感染や川崎病の可能性があるかどうか調べるために血液検査をすることが1か月に1回あるかどうかです。