思いもよらない愛情
「8月15日に敗戦を確認したとき、日本が本当に良い国になるのはこれからだ、という溢れ立つ希望と共に、祖国に寄せる思いもよらなかった愛情がこみあげてきて、困った」。これは坂口安吾の言葉です。「困った」の部分が特に私は好きです。
自分がそこに属していたり自分がそこに深く繋がっていたりするにも関わらず自分とは相容れないものがあるために反発してきた「強者」が「強者」でなくなったり「強者」の装いを下してしまうとき、私も似たような感情を抱いたような気がします。父が病に倒れたときがそうですし、出身大学の名前が変わると聞いたときもそれに近いのかもしれないと思います。
大学生活が始まって、サークルだコンパだと浮かれているように見える同級生を、共学・私服の高校生活を謳歌した末に入学した私は「今更そんなことが楽しいのか」と冷ややかに見ていましたし、将来同じ分野の仕事をしていく医歯学系だけでなく文科系学部の学生や講師と知り合ったり講義を聴講したりできる大学に入学したかったという気持ちがありました。卒業後に所属した大学病院の小児科にあっても、本流である「小児血液・免疫疾患」とは異なる分野を専門とする私は絶えず自分を異邦人(本来ここにいるべきではない人)のように感じていましたし、イタリア留学を終えて大学勤務になったとき「髭は禁止」という命を病院長が出していると聞き、髭を生やし続けただけでなく挑発するように赤いジーンズを履いて仕事をしたりしていました。自分は愛校心というものとは無縁と思ってきましたが、大学の統合により学校名がなくなると聞いたとき、確かに「母校に寄せる思いもよらなかった愛情がこみあげてきて、困った」のです。
“思いもよらない愛情がこみあげてきた”という「感動の物語」に還元されたくありません。安吾と同じように私もあくまで「困った」状態に留まり、あれこれ考え続けていきたいと思います。