便利なものを遠ざける

アルプィ湖(Lago d’Arpy), ヴァッレ・ダオスタ州

私たちの忙しい子育てにおいて、子どもに向き合う時間を少しでも長く確保するためには、便利なものを上手く使いながら、手間と時間を節約することが必要となります。それでは、便利なものを使えば使うほどいいのでしょうか?

私たちの暮らす社会は、生活を少しでも効率的で確実なもの(便利なもの)にしようとする傾向があります。しかし、技術の進歩などによって効率的で確実なもの(便利なもの)が実際に増えてくると、人間の脳は次第に非効率的で不確実なものを許容できなくなります。その結果として、非効率的で不確実なものやことに溢れた子育てという状況におかれたとき、なかでも「子どもが大人の思い通りに行動しない(思い通りの存在にならない)」とき、私たち親はとても苛立ってしまうように思います。

できるだけそうならないようにするために、生活の中の便利なものの一部をあえて意識的に遠ざけて、非効率的で不確実な状況でも脳を使う習慣を残しておくことは大切ではないだろうかと私は考えています。そして、便利なものを意識的に遠ざけるための工夫としては、脳だけを働かせるのではなく身体を動かすようにすること、また、自然(人間の力では思い通りにはならないもの)を普段から相手にしておくこと、を意識しておくのがいいように思います。

最後に、育児において便利なものを使い過ぎることの弱点をもう一つ挙げます。どの子どもも、その育つ過程のどこかで必ず大きな危機を一度は迎えます。そのようなとき、親が自分の子どものことをよくわかっている(少なくとも、親にその自信がある)ことがとても大切で、自分の目で見て、自分の言葉で語りかけて、自分の頭で考えて、自分の手で触れて子育てをしてきた試行錯誤の長い歴史がそれを支えるのではないかと思います。やり方はそれぞれ違っていていいと思いますし、無理のない範囲にすることが大切ですが、必ずしもキラキラしていない、ちょっと不便さの残る子育てが見直されることを願っています。

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